20世紀ウィザード異聞

第三章 「赤毛の守護者」 1

 オーリの言うところの『力』とか『個性』とか、ステファンには正直よくわからない。ここに来てから魔法らしきものが使えたのは、アガーシャの一件だけだ。杖が早く欲しい、と痛切に思った。むろん杖を持ったからといって急にオーリのような魔法を使えるようになるとは思わないが。
 ステファンは日課の洗濯――といっても自分の物だけだ――と書き取りの勉強を簡単に済ませると、庭と森の境にある『半分屋敷』に向かった。屋敷といってもステファンが勝手にそう呼んでいるだけで、実際は小さなテーブルと椅子だけでいっぱいになってしまう、ようするに『小屋』にすぎないのだが。
 古い石の壁は半分崩れているが、幸い屋根は残っていたので、ステファンは要らなくなったテーブルクロスをマーシャにもらい、屋根から地面まで斜めに張って日除けにした。オーリに頼めば壁くらい魔法で簡単に修繕してくれるかもしれないが、自分で苦労して張ったこの日除けが気に入っているので、夏中はこれでいいや、思っている。
 ステファンはここで過ごすのが好きだ。好きな本を読もうが、木の枝を削ってでたらめな杖と呪文を作って遊ぼうが自由だ。もともと空想遊びの好きなステファンにとって、ここは誰にも邪魔されない秘密基地でもあった。

 昼近くになってさすがに空腹を感じ、家に戻ってみると、珍しく不機嫌なオーリの声が聞こえてきた。
「だから、帰ってたんなら、ひと言いってくれればいいだろう! こっちはずっと心配してたのに」
 台所では、エレインがマーシャの隣に座って皮肉っぽく笑っている。
「あーらそう。マーシャの部屋で酒盛りしてたのよ。使い魔と遊んでる契約主よりよっぽど良く話を聞いてくれたわ」
「ほほほ、面白うございましたねえ」
 マーシャは乾燥ハーブの葉を手際よく選別しながらうなずいた。エレインが頬杖をついて緑色の視線を投げてくる。
「ああそうだ、オーリが隠してたナントカって古いお酒ね、全部空けちゃったから」
「嘘だろ! あれは客用なんだぞ」
「どうせお客なんて来ないじゃない?」
 エレインはステファンに気付くと目配せした。どうやらオーリの反応を楽しんでいるようだ。
「エレイン様は賓客以上に大切なお方ですとも。ええ、ご遠慮なさるこたないです。それに女心のわからない方にはこのくらいの『苦い薬』は必要ですよ」 
 しゃっくり止めに使う赤い葉を光に透かしながら、マーシャは横目でオーリを見た。
「なんてこった、マーシャまで感化されて」
 オーリは手で顔を覆い、不機嫌なまま席を立った。
「ああそうだマーシャ、ファンギが家を覗いてたぞ。気をつけないと家中カビだらけにされちまうからな」
「おやまあ、ファンギが?」
 マ−シャが目をキラッと光らせた。
「オーリ様、次に見つけたら森に帰す前に言ってくださいまし。今年の青カビチーズは発酵がうまくいかないってお隣の農場で言ってましたもの。ファンギをとっちめて仕事させてやらなくちゃ」
 唖然。そうとしかいいようのない顔でオーリがつぶやいた。
「ステフ、どうする? うちの家には魔女より怖い女性がふたりもいるぞ……ああ、頭痛くなってきた」

 門の外で、けたたましくカラスの騒ぐ声がする。
「エレイン、君の崇拝者が来たようだ」
 むっつりした顔のまま、オーリは親指で背後を指差す。
「見もしないでよくわかるわね、背中に目でも付いてるの?」
 エレインは外に向かいながらステファンの腕を引っ張った。
「なに?」
「一緒に来てよ。あたし、あいつ苦手なの」
 カラスを気にしながら立っていたのは郵便配達の若者だった。
「や、やあエレインさん、いい天気になったね」
 手紙の束を渡しながら、若者は思い切り愛想のいい笑顔を浮かべる。 年の頃は十八、九だろうが、そばかすだらけの童顔にだぶだぶの制服がなんとも不釣合いだ。
「はいどうも」
 エレインがぶっきらぼうに手紙を受け取った後も若者はまだ何か言いたそうだったが、ふと隣に居るステファンに気付いていぶかしげな目をした。
「ええと、オーリ先生のお弟子さんで?」
「そうよ、名前はステファン、そのうちオーリなんかより有名になるから覚えておいて」
 ステファンは驚いてエレインを見上げた。
「ふーん、こんなチビがねえ。いいな、俺も郵便配達なんて辞めて弟子入りしようかな」
「毎回カラスにつつかれてるようじゃダメね、あんたには魔力のカケラもなさそうだし。それより配達物に自分の手紙を紛れ込ませるのはやめなさい、あんた先週もそうしたでしょ」
 若者は真っ赤になった。
「ステフ、どれかわかるよね? 返してあげて」
 ステファンは束になったままの手紙の中から宛名も見ずに一通の封筒を選び出し、すまなさそうに若者の手に返した。
「わかる? 弟子になれるのは、こういう子だけなの。あんたには立派な仕事があるんだから真面目にすることね。さあ、わかったら帰りな。それともカラスにそのバッジを取り上げさせようか?」
 若者は真新しい郵便配達夫のバッジを押さえると、一目散に配達車へ駆け込んだ。

「やれやれ可哀想に。当分仕事がしづらいだろうな」
 いつのまに来たのか、オーリがクスクス笑いながら背後に立っていた。
「迷惑だっての。だいたいあたしが人間の文字なんて読むわけないのに」
「そういうなよ。恋文をさりげなく紛れ込ませるなんて昔からよく使う手さ。ただ相手が悪かったな……え!」
 一通の封書の差出人を見て、オーリの顔色が変わった。
「どうしたの? 悪い知らせ?」
「いや、良い知らせと悪い知らせ、両方かな。まずステフ、喜んでくれ。オスカーのコレクションがいよいようちに送られてくることになった。君にも整理を手伝ってもらうからね。それと、悪い方、というかあまり歓迎したくないほう」
 オーリは赤い封蝋の押された手紙をひらひらさせて、ふーっとため息をついた。
「うちの伯母からだよ。中を読まなくたっておおよその見当はつく。嫌だなぁ……」
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