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20世紀ウィザード異聞

第六章 5

「さあ、じゃ時間を追って整理してみましょうか。オーリ、オスカーが辞書を借りに来たのは二年前の聖花火祭の夜、そうね?」
「ああ、間違いない」
「で、ステファン。オスカーが家を出たのは?」
 ステファンは無言でうつむいた。思い出したくない。けど、思い出さなければいけない。
「翌日だよ、十一月の六日。ぼくの九歳の誕生日だったから、忘れようがないもん」
 部屋の中が、また微妙な空気になってしまった。ステファンは慌てて顔を上げた。
「あ、でもお父さんはちゃんと誕生パーティをやってくれたよ。プレゼントもくれたんだ。キッド革の靴! お父さんがいつか履こうと思いながら履けずにしまってたやつだって、でもそんなの大きすぎてすぐには履けないって、お母さんが文句言って、それから……」
 それから。きっと夜遅くに一人、オスカーは出かけたのだ。愛用のトランクも持たず、家族にも何も言わず。翌日ミレイユは、玄関扉が開いたことすらわからなかったとこぼしていた。
「それから……」
「ステフ、もういい」
 オーリの手が肩に置かれた。言葉を止めた途端、ステファンはまた自分が泣くんじゃないかと不安になったが、息を吸い込み、奥歯を噛みしめた。
 もう泣き虫はいやだ。それにこんな時子供が泣いたら大人がどういう反応をするかは知っている。『かわいそう』っていうやつだ。冗談じゃない! だいいち保管庫の中でさんざん大泣きしたことは、オーリに――もしかしたらトーニャにも――知られている。両親のことを思い出すたびにメソメソ泣く情けない奴だとは思われたくない。

「まあ、なんだ、ステファン。考えようによっちゃ、オスカーは二年分まとめてプレゼントをくれたようなものさ。ミレイユさんはもう余計な不安に悩まされなくなったし、君はオーリに弟子入りできたんだから」
 かなり苦しいフォローだ。けれどユーリアンの言葉は嬉しかった。
「それで、手紙が届いたのが十二月ね。それ以降一切連絡は取れていない」
 トーニャの声はあくまで冷静だ。オーリは息をついて、ああ、とだけ答えた。
「さて、どこかに糸口はあるかしら」
 紅い爪がひらひらと踊る。鏡の光がいっそう明るくなると、トーニャは首に掛けていた水晶のペンダントを掲げた。光は一本の筋となり、ペンダントの水晶に吸い込まれていく。
「ハイ、じゃあこれ。今まで集めた情報が全部入ってるから」
 トーニャはペンダントを外し、オーリに手渡した。
「なんだよ、分析してくれないのか? 頼むよ従姉どの、アントニーナ。魔女の力をあてにして来たっていうのに」
「甘えるのもいいかげんにしなさい。それに今のわたしじゃこれが限界。お腹のベビーの魔力が干渉して、難しい魔法は使えないの」
「え、お腹の中、って。生まれる前から魔力があるんですか?」
「当たり前よ。小さい子ほど魔力が強いの。それに子供は親とつながってるけど、人格は別。だから魔力のタイプが違うと、ぶつかって大変なのよ」
 不満そうにペンダントを見るオーリを紅い爪が指差した。
「ここから先は、私よりも適役が居るでしょう、辞書の前の持ち主が。逃げずに頼んでごらんなさい」
 オーリは観念したようにため息をついた。
「どうしても会わなきゃいけないか――大叔父様に」
「大叔父様か。 来月誕生パーティをするとかいってたな」
「ああ。パーティは我慢するとしても苦手だな、あの人は……トーニャも人が悪いよ、こんなペンダントを渡してわざと大叔父に会わせようとしてるんじゃないだろうな」
「嫌なら手を引きなさい、駄々っ子」
 トーニャはぴしゃりと言った。
「あなたはオスカーの身内でも親族でもないんじゃないの。中途半端に騒ぎ立てて、折角チャンスを提供してあげても『苦手』とか言って逃げ腰になるんなら、いっそもう関わらないほうがいい。ステファンだって迷惑でしょうよ」
「そんな!」
 焦って立ち上がったステファンを手で制して、トーニャは続けた。
「オーリ、あなたはなぜオスカーを探しているの。親友だから、ステファンの父親だから、義務感で?」
「違う。心配でやむにやまれないからだ、他に何がある!」
 キッと睨んで言い返すオーリの周りで、青い火花が散る。
「そう、やむにやまれない力、わたしたちはいつもそれに動かされている。だったら、自分のプライドになんかこだわってる場合じゃないでしょう」
 ステファンは息をつめてオーリを見上げた。 
 青い火花はもう収まっているが、オーリは何か迷うように、テーブルに視線を落としている。
「気軽に考えろよ。僕は行くつもりだぜ、そのパーティとやらに」
 ユーリアンが足を組み替えながら明るく言った。
「おい本気か?」
「本気もなにも、トーニャを一人で行かせるわけにはいかないだろう。ああ、君たち北方移民の一族が植民地出身の僕を快く思っていないことくらい知ってる。結婚する時だってボロクソに言われたしね。だからって何だ? 僕だってれっきとしたソロフ師匠の弟子だ、北も南もあるか。悪口と嫌味の波状攻撃を受けたって、こっちはあいにく撃沈させられるほど繊細じゃないんでね」
 快活な笑い声が部屋に響いた。褐色の笑顔に白い歯が形よく並ぶ。トーニャは同志を見る目つきで夫に微笑み、オーリに向き直った。
「どうするの? ここであきらめるのも自由よ」
「まさか」
 オーリはひきつった笑みを浮かべた。
「オスカーのためだ。ここまで来てあきらめられるか。ああ、行こう、大叔父に会いに」
 ステファンはホッとして一同を見回した。
「ありがとう……」
「おいおい、礼を言うのは早いぜ。まだ何も解決してないんだから。オーリ、当然お前はエレインと一緒に参加するよな? ちゃんと正装しろよ」
「え、エレインと?」
 オーリはお茶を飲もうとしてむせかえった。
「パーティには女性をエスコートして行くのが常識だろうが。ああ今から言っておくか? おおーいエレ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」 
 再び赤くなってオーリが立ち上がった。
 
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