前へ | 目次 | 次へ

オーリローリ◇第一部◇

サラマンドラ7−4

「まさかとは思うけど、守護者どの。この前の再戦をしろとか言うんじゃないだろうね」
「いけない? 今なら月の魔力も充分だし、杖を持ってないとかいう言い訳もできないしねーえ」
 いつになく煽り口調のエレインとややひきつった表情のオーリを代わりばんこに見て、ステファンはさっきまでのイライラなどより不安が勝ってきた。
「あの、あのさ。再戦……て?何の話してるの?」
「力を封じられた竜人相手に魔法使いのへっぽこ剣術がどこまでやれるかって……」
「それはまた次の機会に!」
 手を大げさに振り、オーリが話をさえぎった。
「でも、まあそうだな、うん。一理ある。論より証拠、百の議論より実例を見たほうがわかりやすいだろう、ええと」
 周囲を見回したオーリは、窓に杖を向けた。何か小さなものが光をちらと反射しながら机の上に落ちた。金茶色で長い尾を持っている。ヤモリだろうか。
「こいつで説明したほうが平和に収まりそうじゃないか?」
 ややひきつった笑顔で両手を広げてみせたオーリに、エレインは露骨につまらなさそうな顔を向けた。臆病オーリ、とつぶやいて大股で部屋を横切り、壁際に立つと、腕組みをしたまま睨む。

「ええと、先生。このヤモリってこのあいだ庭で見た……」
「ヤモリじゃなくてサラマンドラ」
 エレインが不機嫌そうに口を挟んだ。
「そう、サラマンドラ、火竜の一種だ。本来なら火山島に生息しているはずだった」
 だった? ステファンの戸惑いを受け取って、オーリは杖で指し示しながら説明した。
「不燃膚が退化した痕があるだろう。三世代前ならもっとはっきりした特徴があったはずだよ」
「知性もね」
「そう、人と対等な、いやそれ以上の知性を持っていたかもしれないんだが、ね」
 机の上のヤモリ、いやサラマンドラは、逃げもせずにポカンと口を開けている。
「昔、魔法使いの手で密かに持ち込まれて、まあこのサイズだからね、大戦中にも都合よく使われたんだろうな……とにかく時代が変わると、次第に厄介者扱いになった。危険だからと火を操る力を封じられ、小賢しいからと知性を封じられ、邪悪だからと鳴き声まで封じられて」
「あー似たようなものね、竜人も」
 エレインの皮肉めいた言葉に、オーリはいつもの軽口で応じることもなく机の上で杖を揺らしている。
「その……封印て、もう解けないんですか」
「無理だね。最初に直接契約した魔法使いは不明、術式も契約の内容もわからない。彼らサラマンドラも第一世代で知性を封じられたから、三世代目にもなると何も覚えちゃいないだろう」
「じゃ、じゃあどうするんですか」
「どうしようもない」
 自分のことを言われているのに知ってか知らずか、サラマンドラは口を半開きにしたままオーリの杖の先をぺたぺたと追いかけ、時たま喰いつこうとしては失敗、を繰り返している。 
「今さら故郷に帰したって、元の力を失ったままどうやって生きる。かといってこの国では火竜なんていないことになってるんだから、表には出せない。個体数も調べようがない。沼の両生類と同じように暮らしているからって、繁殖できるわけでもない。とにかくうちで保護したからには、ここの庭で静かに暮らしてもらうしかないんだ。寿命が尽きるまでね」
 オーリは掌に金茶色のサラマンドラを乗せると、もういいよと言って窓の外に逃がした。
「生まれ持った力を封じるというのは、そういうことなんだよ」
 外の陽射しはまだ強いのに、アトリエにはひんやりした空気が満ちてくる気がして、ステファンはうつむいた。
「なんか……ひどいな、魔法使いって」
「その魔法使いになる道を、君は進んでるんだよ。今からでもやめるかい? 気に入らない力を封じ込めてさ」
 オーリの声は穏やかだった。
 ―—そんな。今さら止められるわけないじゃないか。大人はときどきこういうずるい質問をするんだ。答えがひとつしかないのに、子どもに選ばせるような言い方で。
 ステファンは答える代わりに、地団駄を踏むように足を一度踏み鳴らして、外に出た。

 その夜もまた、晴れていた。
窓から見える月は冴え冴えとしているけれど、一部が少し翳って、もう完全な満月ではない。
お父さん、とステファンはどこにともなく呼びかけた。もう何十回読み返したかしれない父オスカーの手紙を、月明かりの下で読み返した。
もしかしてと思って、紙を裏返したりさかさまにしたり、月にかざしてみたりもした。が、手紙は手紙にすぎず、何の変化もない。
「お父さん、どうすればいいんだろう。ぼく、本当にここにいていいのかな」
 月明かりの庭で、何かが浮かれ騒いでいる気配がする。姿の見えないやつ、見えるやつ。数えきれない生きものたち。あの中に、昼間のサラマンドラもいるのだろうか。力を封じられるってどんな気分だろう。
 ごちゃごちゃ考えているうちに、ステファンはやっと眠りについた。夢の中で、なぜかエレインが山の方向を指し示していた。火を噴く火山だ。やがてその火口から、眩しい金茶色の大きな火竜が飛び出した。そいつはステファンの目の前で一声吼え、まっすぐに天に昇っていったのだった。

(この章終わり) 
Copyright (c) 2017 syouka All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system