20世紀ウィザード異聞

第一章 5

 やがてステファンが眠気を感じ始めたのを見て取って、オーリは杖を取り出し、全ての片付けを一気に終わらせた。
「片付けなんて面白くないしね」
 オーリは言い訳したが、本当はマーシャを気遣ったのだろう、とステファンは思った。
 マーシャは古い恋歌を口ずさみながら、お茶の準備をしている。
 
 中庭の芝生の上では、アトラスが空の酒樽を枕にして地鳴りのようないびきをかいていた。
「あーらら、あのくらいで酔っちゃって」
 エレインはといえば、相当飲んだのに素面(しらふ)のように平然としている。
「このまま寝かせといてやろう。仕事の契約は今日一日だが、明日起きたい時に起きて、帰りたい時に帰ってくれればいい」
「え、アトラスさんはここに住んでるんじゃないんですか?」
「うん、帰る所があるんだよ。本来、竜は自由な生き物だが、現行法では野生種は特別保護区の中でしか生きることを許されない。保護区の外で魔法使いに使われるのはほとんど、従順になるよう管理された種だよ」
「アトラスさんは?」
「彼は野生種。ただ、人語を操れるものであちこちで重宝されて、特例として単発で依頼された仕事をする時のみ保護区の外に出られる。どっちにしろ彼にとっては屈辱的だろうにね」
「この子は寂しいのよ」
 まるで母親のような顔でアトラスの頭を撫でながら、エレインは呟いた。
「翼竜は他にも居るけど、人語がしゃべれる種は、この子が最後の生き残りだもの。同じ言葉で語り合う仲間は居ない。だから人間に近づきたがるのかもね……」
 エレインは何かを思い出すような哀しい目をしている。その傍らに寄り添うように立ってオーリはアトラスを見つめた。
「竜や竜人のたどった道は、いずれ魔法使いもたどる道さ。時代によって利用されたり否定されたり、都合のいい存在だ。今は科学万能とか言って魔法そのものが忘れられようとしてる。昔、魔法と科学は共存してたはずなのにね。そのうち、僕らなんて物語の中にしか存在しなかった、ってことにされるんだろうな」
 ステファンは冷たい水が胸に流れ込んだような感覚がした。聞きたくないことを聞いてしまった。
 いつの間にか空は暗くなり始め、冴え冴えと白い月が顔をみせている。

「あらまあ坊や、いくら夏でも風邪をひきますよう」
 マーシャは毛布を取りにいこうとしたが、オーリは笑ってそれを制した。
「竜はいつだってああして眠る。毛布なんていらないんだよ」
 そして灯りの下に戻ると、すぐに厳しい表情に変わった。
「ステファン、君は明日から早速修行だ、今日は早く休みなさい。わたしは仕事にかかるよ。マーシャ、濃いお茶を頼む」
 
 あ。そうか。ステファンは気付いた。
 先生が「わたし」という時は、魔法使いとして振舞う時なんだ。
 今、仕事の顔に変わったんだな、と。
Copyright 2008 syouka All rights reserved.

-Powered by 小説HTMLの小人さん-

inserted by FC2 system