20世紀ウィザード異聞

第五章 2

 マーシャは魔女ではないというが、不思議な力を持っているとしか思えない。あんなに酷かった頭痛も、彼女の作ったスープやお茶を飲むうちに嘘のように消えてしまった。
 
 翌日にはもう外に出たくてしょうがなかったのに、ステファンはベッドでおとなしくしているよう厳命された。
「なんで? ぼくもう平気なのに。前に熱を出したときだって、すぐ治ったでしょう?」」
 ふくれっ面のステファンに、オーリは苦笑いをした。
「あれだけ消耗したっていうのに自覚してないとはすごいな。この前のは知恵熱みたいなもんだったけど、今回は話が違う。体力も魔力も限界まで使っちゃったんだから。嘘だと思うなら、ちょっと起きて片足立ちしてごらん」
 そんなことくらい、とステファンは飛び起きて、片足で立ってみせた。が、途端に世界が九十度回転して、気が付けば床にひっくり返っていた。
「あ、あれっ」
「ほらね。しばらく平衡感覚がおかしくなってるはずだ」
 オーリは軽々とステファンを引き起こして、ホイ、とベッドに戻した。
「少なくともニ、三日は外出禁止。書庫の出入りも遠慮してもらうかな」
「そんなぁ!」
 ステファンは不服そうな声をあげたが、すぐにしゅんとして目を落とした。
「そうだよね、ぼく、約束を破ったんだもの。罰は受けなくちゃ……先生、これ返します」
 ベッド脇に掛けてあった服のポケットから鍵束を取り出そうとするのを、オーリが制した。
「持っていなさい。そもそもわたしに鍵なんて必要だと思うかい? 『開錠』なんて初歩の魔法だよ」
「ええ? じゃ、なんのためにこれを……」
「君のために決まってるじゃないか」
 オーリはニヤッとして答えた。
「ステフならきっと、旺盛な好奇心で保管庫の探検に出かけると思っていたんだ。ファントムも居るし、まさかあんな高度な魔法を使うとは思っていなかったから、油断してた。あとでエレインにさんざん叱られたよ」
 自分の首を絞める仕草をしておどけるオーリに、ステファンは笑いながらちょっとだけ同情した。エレインに昨日みたいな『ハグ攻撃』をされるのだって恐いのに、叱られたらいったい……
「あの書庫の本はわたしが成人した時に大叔父から引き継いだものだ。大戦後は紙の質が悪くなったし、今は新しい本なんて滅多に手に入らなくなったから貴重だけど、中には魔力の強い本もあるからね。君は文字の魔力に影響を受けやすいようだから、次からはあんな事にならないように整理したいんだ。しばらく時間をくれないか」
「あ、なんだそういうこと」
 ステファンは胸をなでおろした
「それにしても、あの保管庫ってすごいや。いったいどんな魔物が作ったんですか? 会ってみたいな」
「もう会ったじゃないか」
「え、どこで?」
「書庫の中だよ。君は、いったい誰に道案内してもらったんだ」
 あ、とステファンは目を見開いた。
「ファントム! あのファントムが、魔物だったの?」
「その通り。ファントムという名前は、わたしが勝手につけたんだ。彼は古い時代から生きてるらしい。あの仮面に封じ込められて長い間古魔道具屋で埃を被ってたんだが、わたしが取引をもちかけると喜んで書庫の主になってくれたよ」
 書庫の主。確かに、そういう感じかもしれない。自由きままに飛び回る仮面の姿を思い出して、ステファンは可笑しくなった。
「でも彼は今眠ってるよ。本来は人間に知識を与える存在じゃないのに、何度か君に助言を与えたりしただろう。だから疲れたって」
「そうなんだ。お礼を言いたかったのにな」
「十一月の花火祭にはまた会えるさ。それよりわたしも質問していいかな」
 ステファンは緊張して姿勢を正した。
「君はそうしようと思えば他の保管庫の扉だって開けられたのに、開けなかったね。なぜ?」
「え、だって。お父さんの保管庫を見て、ぼくわかったんです。あれってコレクションと一緒に思い出をしまっておく部屋でしょう。だったら、鍵を持ってるからってぼくが勝手に踏み込んじゃいけない。あの部屋は、先生のものだ」
 オーリはまじまじとステファンの顔を見ていたが、やがて笑い出した。
「すごい! 教えてもないのによくわかってる。 お母さんの手紙の件といい、君は小さくても紳士だな!」
 お母さんの手紙? 首をひねっていたステファンはみるみる真っ赤になった。
「あーっ先生、ぼくが泣いてたとこの記憶まで見たんでしょう! ひどいや!」
「ごめんごめん。だって手当てしようにも何があったか知らなくちゃいけないだろう。それにしても生真面目なやつだな、誰に似たんだろう。オスカーは良い意味でいいかげんなところもあったんだが」
 オーリはまだ笑っている。
「どうせぼくはお母さん似ですよだ」
 口を尖らせたステファンの頭を、オーリの手がポンポンと叩いた。
「不満そうな顔するんじゃないよ。男の子が母親似なのは悪いことじゃない。そして君は幸運なことに、オスカーにもよく似てる」
 なんだかうまく丸め込まれちゃったな、そう思いながらも、ステファンはちょっと誇らしい気持ちになっていた。
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